(しあわせなメロディー)


「全米最優秀教員の招聘とア
テンド」に関して、その活動
をまとめた拙著
『ベスト・
ティーチャーズ』
がありま
す。







関連写真



NTOYプログラムは、時の大統領にホワイトハウスのローズガーデンで祝福されるプログラム










2013 NTOY ジェフリー・シャルボノ―先生





2010 NTOY サラ B ウェスリング先生





2011 NTOY ミシェル シェアラー先生





2011 NTOY ミシェル シェアラー先生





2005 NTOY ジェイスン カムラス先生





2011 NTOY ミシェル シェアラー先生









   

全米最優秀教員の招聘とアテンド 



1999年から16年間に携わった仕事が、全米最優秀教員の招聘、そしてアテンドです。下記「アメリカの最優秀教員に学んだこと」は 金子書房の「児童心理」6月号に掲載の原稿です。


アメリカの最優秀教員に学んだこと
星槎大学特任准教授 野口桂子


ナショナル ティーチャー オブ ザ イヤー プログラムについて

  星槎グループでは、2011年度より全米最優秀教員(NTOY)を招聘しており、2013年には3人目のNTOYを迎えた。ナショナル・ティーチャー・オフ・ザ・イヤー(全米最優秀教員、以下NTOYとする)プログラムは、1952年に創設された優秀教員表彰制度である。人を褒めて育てるという文化のあるアメリカでは、昔から全国にコンテストや各種表彰制度がたくさんあるが、NTOYプログラムは唯一、時の大統領にホワイトハウスのローズガーデンで祝福されるプログラムである。大統領のスピーチに続いて大観衆と全国メディアの前でスピーチをする式典の在り方から判断しても、アメリカの教育界でもっとも権威と歴史のある表彰制度なのである。

このプログラムの目的は教室で教鞭をとっている現場の先生の教育に対する貢献を称え、「教師」が国の将来を方向付ける大きな要因であることを確認することである。このプログラムを主催するのは、全米の州の教育長で構成される、全米州教育長協議会(CCSSO)The Council of Chief State School Officers(CCSSO)。NTOYは、その年1年間は給料を支給されながらも教職にはつかず、1年間アメリカ国内外を遊説し、講演をしたり、各州の教育委員会へのアドバイスをしたり、そこで教育改革に携わったりと、スポークスマンとしての役割を果たす。筆者は星槎大学がNTOYプログラムを始める13年前からNTOY招聘の仕事に携わっており、2013年度には15人目のNTOYと9日間を共に過ごし、日米教育の交流を行った。

2013年度NTOY のジェフリー・シャルボノ―先生
 2013年度NTOY ジェフリー・シャルボノ―先生(以下ジェフ先生)はワシントン州のZillah 高校で化学、物理、工学を担当する36歳の教師。一般の授業の他に勤務校と連携する三つの大学の非常勤講師として、Zillah高校の優秀な生徒に大学レベルの授業をし、彼らに大学の単位を与えるという任務も全うしている。さらにジェフ先生はワシントン州の新米教師に向けて週に3回、インターネット配信で「子どもに分かり易い授業創り講座」を開講している。その録画はジェフ先生が自分の授業風景の動画なども使って夜中などにネットで配信する。新米教員は1週間の間、いつでもその動画を観ることができ、24時間いつでもジェフ先生に質問することができる。ネット上の質疑応答はすべて公開されているので、質疑応答の内容を読むだけでも新米教師が学べることが多い。  

その他勤務校ではズィラ―高校のズィラーロボットチャレンジの初代ディレクターとして生徒にロボット工学の基礎を伝授し、どの学校の生徒でも数学や科学を実際に役立てる機会を提供するため、地域でどこの高校生でも参加できるロボット競技大会を企画をしている他、ボランティアグループのアドバイザーとして生徒との地域貢献をしたり、ハイキンググループのリーダーとして環境保全、野生生物の生態についての指導したり、ドラマクラブの副ディレクター、イヤーブック制作のアドバイザーとしても活躍している。毎朝5歳の息子と6時40分頃には勤務先の高校に到着し、そこで息子をプレスクール(幼稚園)行のバスに乗せる。7時から8時までの間は、全校生徒誰でも彼の部屋をノックして質問や相談をして良いということになっている。彼の授業をとったこともない生徒であっても、どんな相談にも喜んでのっている。

どうしてこんなに多くのことができるのか読者は不思議に思われるかと思うが、その理由の一つは、彼が一晩に4時間睡眠をとれば十分であること、また一つの授業をしている間に別のコーナーで演劇部の子どもにシナリオを書かせるなど一つの教室で同時に一人一人の生徒が必要とするアクティビティーをさせていることかもしれない。毎日夕方の5時15分には帰宅し、8時までは夕食を含む家族との時間。この時間は絶対にゆずらないで、8時に子どもが寝てからは大抵もう一度車で5分の距離にある勤務校に行って深夜まで仕事をするそうだ。

ジェフ先生自身は子どもの頃から、どんなことでもできると教えられて育ち、それが彼の信念になっているそうだ。しかし現代の子ども達の多くがそうは教えられておらず、自信を持てない子どもも多いとジェフ先生は言う。彼の教師としての挑戦は生徒に「自分は成功できる」という真の信念を持たせることであるそうだ。教師であることが嬉しくて楽しくてたまらない様子で、生徒との毎日が「トゥー・マッチ ファン!!」といつも言っていた。実際に彼は毎朝、毎時間の始まりに、“Wellcome to the learning paradise!”と言って生徒たちを迎えているのだ。

来日中、ジェフ先生には「教育の目的とは」というテーマで、教員免許更新講習、公開シンポジウム(東大GLP共催)、インターナショナルフェアの合計3回の講演をしていただいた。星槎中学高等学校、大磯分教室、星槎学園湘南校、相馬市磯部中学校において生徒との交流授業をしていただく中で、ジェフ先生は即席で科学や物理の実験をしてくださり、科学の面白さを日常の生活の具体的な例をあげながら話してくださった。会場は笑いに包まれ、生徒たちから多くの質問を受け、最後はいつも大拍手に包まれ、サインや握手を求められていた。訪問する学校の先々では教師との懇親会も設けられた。教師からは、特に理科系の教育についての質問が多くなされ、芸術と科学をどうつなげて教えるかなど、具体的な提案が多くなされて有意義な交流となった。

生徒との人間関係こそがすべての基本
 今回は9日間にわたるジェフ先生との交流の中で私の心に残ったことをランダムにご紹介したいと思う。まずジェフ先生が一番大切にしているのは「生徒一人一人との個人的な人間関係」である。これを構築するには授業時間以外でのその子の興味関心、得意なこと、長所などを見つけ、一緒にそれを楽しもう、共感しようとすることである。心を許せる間柄になればお互いの言うことを聴く耳をもてるようになる。そのような人間関係が構築できなければ、教師が何を言おうと生徒は聞く耳をもたない。

では、どうしたら生徒のそうした個性的な部分を知ることができるのか。生徒との生身の付き合いの中でこそである。学校の中でも外でも、ジェフ先生は生徒の成績や業績などではなく、ありのままのその子自身と付き合い、理解を深める。もちろん前年度の担任をした先生に生徒の家庭環境や性格などを聞くことはできるが、それでは自分がその子を偏見の目で観ることになってしまう。ジェフ先生は少なくとも最初の3か月はどこからも情報を得ずに、生身の付き合いの中で有りのままのその子を見つめるのである。

一人の生徒の好きなことが何であるかを分かると、それと教科内容を即座に結び付けて、勉強をその子にとって「より身近なもの、自分の生活に密着するもの、現実に役立つもの」としていくのがジェフ先生のやり方だ。たとえば車が大好きな子どもには、速度の勉強をするとき、各種スポーツカーの速度を比べる作業を共にするとその子は一層教科内容を楽しむことができるわけだ。「先生は僕だけのために、勉強が楽しくなるように、オーダーメードのカリキュラムを作ってくれた」と生徒も先生の愛情を感じるだろう。ジェフ先生の授業風景を写した動画では、ある生徒が幼い頃から、「宇宙ロケットの設計士」になるという夢をもっており、ジェフ先生と一緒に勉強して夢を実現しようとしていると言っていた。

「教科内容を教えることよりもむしろ、良い人間関係を創ることに最大の関心をもって努力すると、面白いことにどんどん深い内容を教えられるようになるのです」とジェフ先生は言う。日本の子どもに「良い先生ってどんな先生だと思いますか」と聞かれた時ジェフ先生は「どこの国でも良い先生が共通して行っていることがあります。一つ目は親が自分の子どもを見守るのと同じまなざしで子どもを観ていること。二つ目には一人一人の子どもと良い人間関係を持とうと努力しえいること、そして三つ目に生徒をいっぱい笑わせることです」と応えていた。

ウマが合わない生徒をどうするか
 二人でお茶を頂いていた時、私は個人的に質問してみた。「でもジェフ先生、学校中の生徒が全員、ジェフ先生と良好な人間関係を持てるのでしょうか。人間だからやはり先生が『気が合わないなぁ』と思う生徒もあり、ジェフ先生を『苦手な先生』と思う生徒もたまには居るのではないですか」と。するとジェフ先生は「そうです。すべての生徒が私と気が合うわけではありません。そんな時は、その生徒の良き理解者である同僚に声をかけます。たとえば同僚に『うちのクラスのジェレミーの様子がどうも気になる。君からジェレミーにそれとなく話しかけてみてくれないか』と声をかけるのです。人間だからすべての生徒としっくりいくわけではありませんが、どの生徒も学校中で一人でも良いから「心を割って関わり合える教師をもたせてあげられるようにするというのがまた、私たち教師の大事な使命でもあるのです」

生徒への叱り方
 ジェフ先生の授業を観ていると、とにかく生徒が腹を抱えて笑ったり、びっくりして声を上げたりして楽しそうだ。99.9%教師はハッピーでなければならない、とジェフ先生は言う。それでこそ生徒も学校や勉強が好きになるというものだろう。ジェフ先生のジョークで圧倒的に多いのは自分で自分を笑いものにして自分も笑うという自虐ネタだ。そうすることで他の誰をも傷つけることなく、生徒を安心して笑わすことができるという。雑談中に聞いた話だが、たとえば「引力」について教えるとき、崖の上から大きな石を落すとその岩の落ちるスピードはどうなっていくか」と問うて生徒に考えさせるのが一般的であるとしたら、「崖の上から先生をまるめて落っことしたら、先生が落ちていくスピードはどのくらい加速していくかな?」と問う。

この場合の「先生」とは、もちろんジェフ先生自身である。すると高校生たちは、「ええ?! 先生を崖から落っことすだって?」とその問いに食いついてくるのだそうだ。私は彼に聞いてみた。「日本の多くの先生は、そんな事を言ったら生徒にからかわれるのではないかとか、『この先生なら何を言っても平気』と思われて軽んじられるのではないかと思って、威厳を保とうとするのではないかと思います。ジェフ先生は生徒に「軽んじられる」のではないかと思わないのですか」と。するとジェフ先生は、「まったくそんなことはないのです」とにっこり。「生徒たちは私が勉強を面白くするために色々工夫していることを理解してくれています。生徒たちは、教師と大笑いしながら何を言っても良いけれど、超えてはいけない一線があることを理解しています。」

私が、「例えば日本の学校では生徒の言葉の乱れが良く問題になります。軽い気持ちで友達に「くたばれ」「死ね」などと、人として他人に言ってはいけない言葉が生徒の口から出た時、また生徒が教師に言うべきでない言葉が出たとき、ジェフ先生はどうするのですか」と聞いた。すると「短く No というだけです。99.9%の時間、ハッピーで笑っている教師である私が、その時ばかりは厳しい声で、体を硬直させて No と発するので生徒には一瞬で『ビン』と伝わるのです。だから教師は平常、いつもハッピーで笑っている必要があるのです。

いつも怒っているような教師もおりますが、その教師はいつも機嫌が悪いために教育的に短くビシっと叱ることができないのです。生徒にとっては普段との差がないからです」ジェフ先生の勤務校であるZillah高校である朝、全校生徒が講堂に集まった時、一人の生徒が大変失礼な悪い行いをしたことがあって、その時に普段あまり尊敬されていない副校長先生が言葉で叱っても生徒は無視しているだけだったが、ジェフ先生がツカツカと彼に歩み寄り、“HEY!”と一喝しただけで彼は顔を赤くしてうつむいたそうだ。

「ではクラスの中で誰かが悪さをして仲間同士でもめ事が勃発したときはどう対処するのですか」と聞いてみた。「アメリカではどんな人にとっても『自分のプライドを守る』ことが非常に大切で誰でも『人から弱く観られる』ことを非常に嫌がります。一人の生徒が数人の生徒から非難されている時、理由が何であれ教師である私も一緒になってその子を非難したらどうでしょう。彼のプライドは傷つき、追い詰められ、弱者と見られないないようにと、その子は逆上して取り返しのつかない暴れ方をする可能性が出るのです。

だから私は決してその場でその子を叱りません。できるなら事を納めて授業を始め、関係ないジョークを飛ばしてさっきのことを忘れさせ、授業に切り替えるようにします。授業の後に問題を起こした生徒を私の部屋に呼んで話を聞くのです。『何でも話していいよ』と静かに言うと、本人は自分の行いが悪いことを分かっているのでたいていは泣き出します。または、自分の中に溜まっていたものを吐き出すように怒鳴ったり泣きわめいたりすることもあります。そうやってストレスを発散させてあげる、それを受け止める必要があることもあるのです。結局私は『ただ聞く』役になることがほとんどです。子どもは次第に落ち着いてきます」ジェフ先生の辞書には「長い説教」という文字は無いようである。

最後に日本の高校教師の質問、「まったく自信がない、何にも興味がない内向きの生徒に自信をつけさせるにはどうしたら良いですか」という質問に対するジェフ先生の応えを紹介しよう。「何にも興味がない、というふうに見える子どもと付き合うのは結構忍耐が必要ですね。時間はかかりますが、何か好きなものがあるはずだからそれを探り当てるのです。子どもに自信をつけさせるには4つのことが必要です。まず教師である貴方と良い関係になること、その子の好きなこと、得意なことからやってみようと誘うこと。いきなり大きな目標を立てずに成功できそうな目標を一つづつクリアさせること。たくさん笑わせて楽しい雰囲気の中でチャレンジさせることです。」


 ジェフ先生のラーニング・パラダイスは、何があろうと教師が生徒との関わり合いを心から前向きに楽しみ、良い人間関係を構築することが基本になっている。  



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